趣味としての靴・実用としての靴

自分の幅が細過ぎる足に辟易し、既成の現行靴を諦め、今にないのなら過去に遡ればもしかしたら…という思いを抱いて古靴の世界の入り口に立ってからおよそ1年半。
その間いくらかの靴を眺め、履き、一喜一憂してきた。
もちろん世界に埋もれる古靴の中の砂粒1つに過ぎない訳だが、それでもいくつか見えてきた事。

本当の意味で足に合う靴は、古靴にも恐らく存在しない。


ボール幅はなんとかなる。
調整しやすい部分であるし、未調整の場合でも、100年程遡れば。

問題は踏まず〜踵。
私の踵に追いつける靴は、どうやら古靴にもないらしい。

多くの婦人古靴はストッキングで履く事を想定しているように思うので、その前提でアメリカ製の表記ならばワイズAAAAAA/AAAAAAAAA位でないと恐らく合わない。
でも、9Aなんて存在するのか。見た事も聞いた事もない。

じゃあ何故買うのか?
それなりに幅が狭くて、
それなりに履けて、
それなりに安くて、
通勤位なら痛くなく、
かわいいから。


好きなデザインでそれなりに履けてとりあえず痛くない、というのは重要である。

値段も。
この足にフィットした靴を得るには、靴好きであろうがなかろうがオーダーでしか叶わず、幸い靴のオーダーは、好きなのだけど。
当然既成より高価。
私の薄給では悲しいかな、あーこれいいかもーかっちゃおー とはならないのである。
オーダーという特性上、一定の確実性はあれど、うおおおこれかわいいいいという、好みを見つけた時のあの高揚感もない。
(なんだかギャンブラーみたい笑。幅狭足界で囁かれる、靴はギャンブルとはよく言ったものである。意味はちょっと違うけど。)

IMG_0984_s.jpg
現在の右足。外反の骨ばった感じといい、指の長さといい、父の足そっくり。
こうやって撮ると、ボール幅ってくるぶしと変わらないのね…。


合わない靴は、たとえ今痛くなくても、いつかどこかで健康を害する可能性がある。
それは膝かもしれないし、腰かもしれないし、別のどこかかもしれない。
そういう認識を少し、頭の片隅に持った上で、それでも私は古靴を買う。

可能な限り細い古靴を探して、それでもまだ緩い事を承知しつつ、割り切って付き合っていこうと、気持ちがシフトしてきた。
要は趣味としての靴である。


この 趣味としての靴 という立ち位置は、実用としての靴 があってこそ。

実用としての革靴、今のところ私にはアルスノバでしか見つかっていないが(最もアルスノバのデザインは私の好みに合うのだが)、今最も足にフィットしているブーツが履けなくなる季節がもうそこまでやって来ている事に当記事の下書きをしながら気付いたので、そろそろ短靴を誂えねば。

善は急げと、早速店に電話しておいた。
さて、どんなのにしようかしら。
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初めまして。
こんな適当更新のブログにようこそいらっしゃいました。

お喋り楽しいですよね、あのお店にいるとつい長居してしまいます。
私が優柔不断なのもいけないのですが…笑。
そういえばオーダーしたんでした、今度それ書かないと。
でもおよそ春夏らしからぬ色合いになりましたのでご参考にはちょっとならないかもしれませんが…。

夏にブーツは私も勧められました。
昨年短靴ですら暑くてヒイヒイ言ってた私には厳しい…ですが、見た目の問題はアンクルのアレなら、色を選べばありかもしれません。
ハイカットのスニーカーと思えば…。
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